鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

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24: おさかなくわえた名無しさん 2018/07/26(木) 10:47:49.90 ID:T+9COoEF
自分が高校生のとき、変な男(クラスメート)に軽いストーカーみたいなことされて悩んでたことがあった。
ストーカーといっても「軽い」行動だから先生に言うわけにも…といろいろ考えこんで
友人も「大変だね~」って笑って相手してくれなかった(被害内容を全部言ってなかった)んで、
結局、近所の年上のお姉さんに相談した。
そしたら「でも私ちゃんはその男の子のこと好きなんでしょ!」と言われた。

いや助けてって言ってるのになんで?
どうしてそこで私「も」その男を好きなことになるのか理解できなかった。
どうもそのお姉さんは「そういうアプローチをされて本当は嬉しくて喜んでる。普通は喜ぶ」と思ったらしかった。
だったら相談しねえよ。
「普通は」でまとめんな。
私が泣いて「誰もわかってくれない」的なことを言うと、そのお姉さんは
私の手を包み込んで「そんな…私ちゃんは一人じゃないよ?」と言った。
やかましいわ。

相談を聞いてもらってこんなことを思うのは恩知らずかもしれないけど、
目の前の人の訴えより底の浅い「一般論」(?)を取る人がスレタイ。
学歴あるお姉さんだったんだけどな…。

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637: おさかなくわえた名無しさん 2018/03/01(木) 10:09:16.58 ID:lL5Fmgws
高校生の息子と同じ布団に寝ていると言うと、みんな驚く。
自分、弟と10歳離れていて、高校卒業して家を出るまで一緒に寝る事も多かったしお風呂も一緒に入ってたから、
(厳密に言うと、弟が中学生まで帰省の度に同じ布団では寝ていた)
因みにお風呂は「ママのお布団は熱いから嫌」と言って、3歳くらいから独りで入れるくらいまで、扉を開けて見守る程度。現在はどちらかが入っている時も扉は開けて会話しながら。
 そんな訳で、そのあたりの距離感が分からないのだけれど…

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695: おさかなくわえた名無しさん 2018/04/22(日) 03:26:00.06 ID:lXOZwYGP
修羅場っていうほど大きな出来事があったわけではない上に無駄に長いです。
上手くまとめられずすみません。

私にはひとまわり以上年の離れた兄がいた。兄がまだ学生の頃両親がなくなり、兄は大学を辞め働いて私を養ってくれた。
私が高校生になった頃、兄に彼女が出来た。
兄と私は祖父の代からの持ち家に住んでいたがしばらくして彼女も一緒に住むようになった。
3人暮らしが始まって少し経ち、私は兄の強い希望と小さい頃からの夢もあって大学に進学した。結婚の話も出ていた2人にいつまでも頼るのは申し訳ないのでひとり暮らしがしたいと言ったが兄はそれを許さなかった。
彼女は特に何も言わなかったが、私が入った学部は4年ではなく6年学ばなければならないことを知ると、だんだんと私への当たりが強くなった。

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687: おさかなくわえた名無しさん 2008/11/14(金) 00:31:04 ID:IqRWceWT
高校生の頃付き合っていた彼氏が風邪を引いた。
料理なんて全くできないけどお粥くらい簡単に作れるだろうと
沸騰した鍋の中に米を適当に入れ火をかけていた。
中の様子がどうしても気になってしまい5分後蓋を空けてしまった。
どう考えたって炊けてる訳ないのにまだかまだかとその後ちょくちょく覗く。
10分経っても20分経っても30分経っても米に芯が入ったまま。
もう「無理だね・・・」と諦めた様子の彼氏。
お粥すら作れない自分にとても冷めた。
そしてこの話を思い出して、5分で蓋を空けた自分に更に冷めた。
何やってんだよ自分。

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571: おさかなくわえた名無しさん 2015/12/09(水)04:36:34 ID:0P7
うちの母親の口癖は『本当は結婚なんてしたくなかった』『子供なんて産むんじゃなかった』だった
じゃあどうして結婚したのかって聞いたら『田舎で独身の女性への風当たりが強かった』『昔の女性は一人では生きていけなかっ』って返される

確かに母の結婚生活は子供だった俺から見ても幸せそうじゃなかった
義理の両親の干渉、母との会話さえ面倒臭がる父
なまじ母はそこそこ高学歴だったから自分の人生への後悔も強かったと思う
生活に追われて世間から断絶した母の溢れんばかりの関心と執念は、別に産みたくなかったはずの子供に向かった
最初の被害者は姉だった
友達と登下校、自分で服や髪型を選ぶこと、部活動、メールやLINEを使って友達を連絡、休みの日に何処かに出かける等、色んなことを禁止した
『自立心と主体性と対人能力を養ってほしくなかった』『友達とか先生とか、家の外の人と仲良くしてほしくなかった』『ずっと私だけを見ててほしかった』
母は俺にはっきりとこう言った
当時高校生だったにも関わらず門限5時を強いられて、おそらくストレスで髪を抜く癖がついて禿げてしまった姉は、学校の先生やカウンセラーの介入もあって祖父母の家で暮らすようになった

次の被害者は俺だった
机を文字通り引っ繰り返されて部屋の点検、宿題を破られる、テストの前日に遊園地に誘われて、俺が断ったら発狂する、シャンプーや石鹸を使うのを禁止
俺は姉に比べりゃ幾段か鈍感に出来てた
相手にするのも面倒だったし、どうせあと一年弱もすれば家出られるから耐えたよ

ペットの文鳥踏み殺されるまではな?

リビングに転がって鼻血流しながら『許して。許して。』って懇願する母を見ても、特に後悔とかはなかった
それから母は大人しくなった

工業系の高校だったからこのご時勢なのに就職は苦労しなかった。祖父母の援助を頂いて家を出てから、もう実家には帰ってない
祖父母を経由した情報によると母の執着は父に向かってるようで、何故だか俺と姉にSOSを求めてるっぽい
なんかもう俺含めたみんなの神経がわからん

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