鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

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6: 6 ◆sNmZPBOSKk 2013/01/06(日) 23:32:32.41 ID:JIjnG4eB0
現在進行形で祖母と父に復讐しています。

フェイクたくさん入れてます。
投稿も初めてなので読みづらかったらすみません。
吐き出させてください。

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411: おさかなくわえた名無しさん 2012/02/12(日) 12:58:17.15 ID:weLv8HNk
祖父が亡くなり火葬場で焼いてもらっている最中、落雷で火葬場が停電したこと

隣で焼いてもらっている一家と一緒に復旧まで5時間待たされた 
 

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328: 名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木)20:04:08 ID:KAjUTOKKo
叔父が亡くなった。
以下親父から聞いた話が主な情報なんでところどころおかしいかも。

叔父はまだ田舎で登校拒否なんて言葉がポピュラーじゃなかった頃の登校拒否児で
「学校行きたくない?なんでだ」いじめられてるのか?体がつらいのか?と祖父母が聞くと
叔父は暴れて祖母を殴ったり、家の中を壊したりしたらしい。
そのうち「家庭内暴力」とか「金属バット殺人」なんてのが流行りだして
テレビでそれを見た祖父母は「ああうちの子はこれか」と納得した。
そして医者に「そっとしておけ」と言われ、言いつけどおりにそっとしておいたんだが
暴力がエスカレートして「このままでは祖母が死んでしまう」と判断した祖父は離婚し、叔父をお寺へ預けた。
しかし叔父はお寺を脱走し、祖母を追って祖母の実家へ行き
「殺してやる」と言って祖母と、祖母の姪っ子を殴って実家に火をつけ逃走した。
放火なので民事事件にならず叔父は服役し
服役中に祖母は実家ごと引っ越した。
祖母の行方は親父(叔父の兄)すら知らんそうだ。
誰かが知ってたら脅されたら話してしまうかもしれんので祖父にも兄弟一同にも知らされなかったらしい。
だから当然俺も知らない。父方祖母とは会ったこともない。

叔父はかなり年寄になってから出所して、祖父が死んでからは地元の世話役みたいな人とか
宗教の名簿に名前書くと世話してくれる怪しい人たちとかにやっかいになってた。
親父が「うちに引き取っていいか」と寝言をぬかして母と姉に
「めんどうみたきゃあんたが一人で叔父さんの家に行け」「離婚届書いてからいけ」と言われ速攻で謝っていた。
叔父は新興宗教をいろいろ何股もしたみたいで
最後は層化の人にまで「あんたは不義理すぎる」と見捨てられた。

死ぬ数日前、親父の携帯に何度もかけてきて「母さん(祖母のこと)に会いたい」
「どこにいるのか知ってるんだろ、教えろ」「会いたい会いたい」と言ってたみたいだ。
親父は最初は宥めてたが、だんだんムカついてきて
「知るか。だいたいおまえのせいでおれたちまで母さんに会えなくなったんだぞ。おまえこそ母さん返せ。
おまえだけの母さんじゃないのに、おまえのせいで兄弟全員会えなくなった。死ね。おまえが死ねば
おれたちだけでも会えるかもしれないんだから早く死んでくれ」と怒鳴った。
叔父はウギャアーとわけのわからないことを叫んでたらしい。
それで親父が「どうせもう死んでるよ。生きてたって90歳近いし、おまえがボロボロにしたからもう死んでるよ」
と言ったら電話が切れて、そこから音沙汰なくて、半年後くらいに叔父は死んだ。
いわゆる孤独死だった。
遺品整理とそうじに父が行ったら畳が腐って何かの虫の巣ができてたらしい。

骨は結局祖父と同じ先祖代々の墓に入れた。
「母さんと一緒になりたかったろうけど母さんがいやがるだろうからできないな」って親父が言ってた。
それほどのことを叔父は祖母にしたんだろうなと思った。

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737: 名無しさん@おーぷん 2015/10/06(火)17:30:00 ID:Ipp
祖父の葬式で、式場のプログラム?の一つに思い出の写真をでっかいスクリーンに映してみんなで見るってやつがあった。
祖父が若い頃の写真から孫と触れ合ってるものまで10枚くらいがオルゴールのBGMに合わせてゆっくり流れたんだけど、その中の1枚に庭のビニールプールで遊ぶ全裸の私が写ってて内心修羅場。
3歳くらいだけど下までくっきりばっちり写ってて、恥ずかしすぎてこっちが死にたくなった。
アルバムから写真を選んで式場に提出したのは父なんだけど、何にも考えてなかったらしい。

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262: 名無しさん@おーぷん 2015/10/25(日)05:47:01 ID:S66

ある~日森の中、クマさんに~出遭った♪(ガチで)

何せ四〇男の幼少時のことなので多少記憶に変形があるかもしれん。
おかしい点があったら見逃してほしい。
自分は流血はしとらんが、クマさんは晩メシになったので若干のグロはあるかも?

まず、クマに遭遇するに至った経緯から。

自分は両親が離婚する際にそろって親権放棄したため、五歳の時から兄とセットで父方の祖父母に育てられた。兄は八歳。
以降両親の消息は極最近まで知らんかった。
祖父母が暮らしていたのは田舎というレベルを通り越した森の中の小さな集落だった。八歳の兄が通いはじめた小学校は児童の数が兄を含めて三人という分校で、近隣の集落の子供が通っていた。
自分が通い始めて四人になったが、一年で最上級生だった子が卒業したためすぐに三人になり、自分の卒業と同時に廃校となった。
新幹線を通すから立ち退けというお上のお達しで、今では地図から消え去っている。
集落での生活はほぼ自給自足か、海と山の恵みを頂くことで成り立っていた。
最寄りのスーパーまで車で二時間かかったと記憶している。
森の中なのに海?と思われるかもしれんが、
わかりやすく言えば坂を下れば海で登れば山一帯(森の入り口)だと思ってくれればいい。
だいたいどこの家も畑を持っていて、小屋で鶏を飼っていた。
海派の爺さん婆さんが漁の結果を分け、山派の爺さん婆さんが撃ってきた肉を分け合うって感じのことが普通に行われていた。

うちの祖父母は山派だった。
五歳で祖父母が暮らす畢竟に移ってきたものの、学齢前で学校もないし友達もいない自分は、だいたいいつもぶーたれながら祖父母の言うままパシリになっていた。

クマさんに遭遇したのは六歳になって少しした頃。
山菜か薪(風呂が薪だった)をとりに祖父と山の奥に入った。
祖父は山の奥に入る時は必ず猟銃を持っていたが、これは用心のためでいつものことだった。
これはうちの祖父に限ったことではない。
本格的に撃ちに行くときは複数で行っていた。
山の奥と言っても六歳の子供を連れていたのでほんのちょい奥。軽トラで一,二分のところ。
祖父の言いつけ通り子供なりに手伝っていたのだが、そこでばったりクマさんと遭遇☆
野生のリアル熊。それまで動物園の中や、肉になった姿しか見たことはなく、自分失禁。

超絶怖くてパニックになったが、祖父が言った「晩メシが向こうから来た」は妙にはっきり聞こえた。

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