鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

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28: 名無しさん@HOME 2016/10/14(金) 20:49:01.62 0
今日高校を辞めてきました。
高3なのに後数ヶ月学校行けば卒業なのにって教師には引き止められました。
友達からも引き止められました。
でも辞めました。
いじめとか人間関係の悩みがあった訳でもないし、どうしても我慢ならない何かがあった訳ではありません。むしろ友達は多かったし人間関係の悩みは皆無でした。
なのに卒業間際になって急に、教室の空気が吸えなくなりました。何も問題も悩みも無いのに足が竦んで教室に入れなくなり、吐き気を催すようになり、学校に行かなくなりました。そして、今日退学届けを出しました。
来年高認を取って大学進学して、学歴は洗浄できるかなと考えています。
高校をやめるなんて想像もしていませんでした。やめる決断をしてから物事がトントン進み過ぎて目の前の出来事に現実味が感じられない。でもどうすればよかったんですか

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817: 彼氏いない歴774年 2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:kxmJzBF2
大学に入学してすぐ仲良くなった友人がいて、すごく楽しい毎日を過ごしていた
いつも一緒に馬鹿やったりして、彼氏できたらタブルデートしよう!とか言ってた
しかしその子と遊ぶのが楽しくて、彼氏なんかいらんわと思いながら日々は過ぎ、卒業
「とうとうお互い彼氏できなかったねw」「花の女子大生時代もww終わったww」「俺たちの戦いはこれからだwww」
と、笑い合ったその数ヶ月後、その友人から結婚する旨を告げられて唖然とする
付き合ってた人がいたなんて気が付かなかった私馬鹿すぎワロス
これ話すと他の子に鈍すぎって言われるけど、本当に気が付かなかったんだ
明るく楽しい喪女仲間だと思ってたんだよマジで本気で心の底から
しかし彼氏がいたのはともかく、四年間ずっといない設定で接してくれてたのに気付てタマヒュンしたよ
私は結婚を約束したラブラブな彼氏がいるあの子に「彼氏欲しいね~」って話してたんだぜ
さぞや滑稽だったことだろうな…恥ずかしいよ本当に
当時の浮かれきった自分を、いっぱしの女子大生気分ではしゃいでた自分を、思い出すと死にたくなります

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89: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/19(木) 11:00:04.22 ID:4vaVVVlz
自分の人生を変えた体験
中学の時に両親が離婚して、母に引き取られた
離婚が原因というか、両親大好きだったから、離婚後めっちゃグレた
解答欄に名前を書けば入れるとまで言われるような底辺高校に進学し、喧嘩で停学くらったりしてた
ただ、警察のお世話になるようなことは一度もなかったのは、今でも救いになっている
将来は土方にでもなっかwwwみたいに軽ーく考えてた
高校三年になって、担任に呼び出されて、お前このままじゃ卒業できんぞって言われた
しかし、この高校には応じる人は少ないらしいがボランティア活動による温情措置があると言われた
めんどくさくなったらサボればいいやという気持ちでボランティアに参加した
ボランティア内容は、老人ホームでお年寄りの相手をする事だった
いざやってみると、これが楽しくて仕方がなかった
みんないい人なのよ
こんなお婆ちゃんの相手してくれてありがとうねと言われた時、涙が止まらなかった
俺、今まで何やってたんだろって後悔が一気に押し寄せてきた
オロオロするお爺ちゃんお婆ちゃんに、自分の反省を泣きながら語ってんの俺www
そのことに気付けたんだから、まだまだ取り返しは効く。頑張りなさいと言われまた泣いた
安直ではあるが、これが俺の天職なんだと思った
その日から、一切の喧嘩を辞めた
学校が終わったら、老人ホームに遊びにいくかアルバイトをして、夜は勉強するようになった
母も応援してくれるようになり、高校を卒業して介護福祉士になるために専門学校へ通った
介護福祉士の資格を取って、今でも毎日働いている
3K仕事ではあるけど、楽しいんだこれが
あの時、ボランティア活動しなかったら俺どうなってたんだろうかと今でも考えるよ

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407: 名無しさん@おーぷん 2015/04/06(月)22:30:58 ID:NnS
教師の職について3年、ようやっと仕事にも慣れてきた時、一年生から教えてきた生徒が卒業した
田舎の小さい学校で生徒数も2クラスしかなかったから、皆大切な教え子でもう感無量
卒業式のあと、生徒たちが「先生ありがとー」とか「先生の授業眠くなったこと一度もないよ!」とか「先生みたいな教師目指す!」とか、色紙と一緒に色々言葉を伝えてくれた
その流れで私が生徒たちに餞のことばを送ることになった
周りには保護者の方も大勢いた
私の言葉は一字一句正確に覚えてるわけじゃないけど、こんな感じ
「私は君たちと年齢が近いから、学生の頃の記憶は鮮明に残ってる
その記憶を振り返って、私は君たちみたいに、こんなに頑張って全力で学生やれてたかなぁって思うことがある
君たちはホントに立派に頑張った、部活も勉強も、勿論遊びも
私がその姿をしっかりと見てきた
これからは勉強も難しくなるし、出来ることもやることも増えるし、その分責任も増えて、躓くこともあると思う
でも君たち、三年間も頑張れたんだから、乗り越えられないことなんてない
だから、自分を誇って、自信を持って欲しい」
これを聞いた保護者から「学生より努力してない人間が先生をやる資格はない!」とクレームが入った
あの先生には三年生を担当させないで!とか、あんな若いのに努力も知らない人間が先生なんておかしいからやめさせろ、とか

衝撃だったし、3年間でついた自信が崩れ落ちた
春になっても嫌味を言ってくる保護者が何人かいて、私は気を病んで教職を離れた
あの時はホントに自信を喪失していてアルバイトをしても失敗ばかりだった
今は立ち直って塾の講師をしてるし、有り難いことに人気もある
先日第一志望の入学式を終えた卒塾生から「どうしたら先生のような先生になれるる?」と真剣な相談を受けた
凄く嬉しくて、思わず涙腺崩壊するかと思ったと同時に、昔学校で同じ言葉を言われたなぁと思い出したので書き込み

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97: 名無しさん@おーぷん 2015/07/22(水)17:52:37 ID:D7m
実の母親がフェミ思想の行き過ぎで、キチの領域に突入してる人だった。
自分の中だけで実践していればいいのに、娘である私に押し付けていた。
女児向けアニメや絵本は視聴禁止、女児向けおもちゃは購入禁止。
男児向けなら良いかと言うとそういう訳でも無く、
とにかく母の目に「性差別がある」と映ったものは何でも禁止だった。
服は地味な色合いのユニセックスな物ばかり。スカートを買ってもらったことは一度もない。
髪型もショートからボブを強要。肩から下に伸ばすことは認められなかった。

私は、女の子らしいものが欲しくて仕方なかった。
周りの子みたいに、着せ替え人形やキラキラしたコンパクトで遊びたかった。
ヒラヒラしたスカートやピンクの服を着て、伸ばした髪にアクセサリーを飾りたかった。
幼稚園も小学校も私服通学だったから、否が応にも周りとの差は目についた。

中学受験をして、合格した学校は制服がある学校だった。
初めてスカートが履ける、気恥ずかしいような嬉しいようなくすぐったい気分で、制服が出来上がるのを待っていた。
届いた制服は、スカートでなくキュロットだった。
愕然とする私の前で、母は
「この学校はちゃんとしている。女子の制服をスカートに限定せず、こういう物も用意してある」
と満足気にしていた。
エスカレーター式の学校だったので、そのまま高校に進学。
高校の制服もキュロット。学校で私一人だけ。

大学生になって、バイトを始めた。
始めて貰ったバイト代で、スカートを買った。
今でも覚えている。小花柄で、ドレープを効かせた、膝上丈のスカート。
買って一か月もしないうちに、母に破り捨てられた。
「なんて浮付いた、非生産的な服」
「こんなものを履く女がいるから、いつまで経っても女は弱いままにされている」
「こんな馬鹿らしいものを買うためにバイトを許可したわけじゃない」
得意気に、憎々し気に喋る母に掴みかかった。そして、母を殴った。
「返して」と叫びながら、何度も、何度も。

その後、母は私に何かを強要することは無くなった。
スカートを履き、レースやフリルを身にまとい、メイクをし、髪を伸ばす私に
何か言いたそうな素振りを見せることはあったけど、
私が身じろぎをすると、慌てて口をつぐんだ。また殴られると思ったんだろう。
そのまま、ほとんど母と会話することなく就職し卒業した。
卒業と同時に家を出て、一度も帰っていないし母の声も聞いていない。

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