鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

タグ:修羅場

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602: 名無しさん@おーぷん 2014/07/04(金)18:40:21 ID:Ys8HIgxES
フェイク有りで地元の新聞に載った修羅場。

私・・・当時小学1年生
姉・・・当時中学3年生
父・・・母に対してDVをしている
母・・・父から暴力を受けている

父は転職ばかりしていて、安定した収入では無かったため、貧乏暮らしだった。父は母が働く事を許さず、罵詈雑言を浴びせ、家庭内は最悪な状況。
・・・と私は認識していた。

ある日、いつも通り父と母が大喧嘩。陶器や食器を投げあって凄まじい状況になってた。
私と姉は部屋の隅で震えていた。
もう怖くて怖くて仕方が無く、逆に涙が出なかったのを覚えてる。
そのとき、姉が立ち上がって包丁を持ち出し、自分の腹に突きつけた。
「うちが貧乏だからお父さんとお母さんは喧嘩するんだよね!?だったら私が氏ねば、私にかかるお金が浮くよね!」と言い出した。
そこで必死に止めに入ったのが、母ではなく父だった。
父は「お前がそんなことする必要ない!やめてくれ!」と叫んだ。
でも姉は自分の腹に包丁を刺した。
その後、母は高笑いしながら自分を刺した。

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262: 名無しさん@おーぷん 2014/06/21(土)15:21:39 ID:kPlSu3ZJR
なんか深刻な修羅場報告ばかりのようなので、ここで一つ笑える修羅場を。

つい先日行ったレディースクリニック。いつものように内診を終え、診察室で内診をしてくれたお医者さんとご対面。
ドアを開けて医者の顔を見た瞬間硬直した。
何、この美形(パーツ)医師は!!
今風の個性的イケメンとか中性的イケメンとはわけが違う。正真正銘の正統派美形。イメージとしては暴れん坊将軍時代の松平健みたいな感じ。
とにかく一つ一つのパーツが完璧としか言いようがないほどに整った顔。
演劇部だった過去と、前職場で非常事態の時ほど冷静と言われた性格のお陰で、表面上は平然と内診結果の説明を受けたが、脳内では『美形だワッショイ!』祭を大開催中。
特に切れ長二重の目は完全に私のどストライクで(私は目元フェチw)、対面で説明を受けているときに思わず見入りかけて危うく治療方針を聞き流すところだったww
診察帰り車を運転しながら『あれだけ完璧な顔パーツで、声も良くて(耳に心地よいお声でしたw)、産婦人科とはいえ医者。
これで輪郭も完璧だったらマジで血で血を洗う女同士の争奪戦が起きてただろうな・・』と思った。

因みに修羅場は家に帰ってから。あの美形の目の前で(診察とはいえ)大股おっぴろげてたのか、と気付いた時。
いつも好み以外の普通メンor女医さんしかいなかったから足もアソコも無駄毛の手入れしていなかったヨ・・・orz

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7: 名無しさん@おーぷん 2014/06/19(木)11:57:30 ID:4XwFiNiDr
今日修羅場った!
でもおかげでスッキリ~!
現在私が独身時代に買ったマンションで私と旦那、トメと住んでる。
トメは旦那実家が2年前に火事で全焼してしまったため、家が見つかるまでという約束で期間限定同居のはずだったんだけど骨折したり(自称)鬱になったりでズルズル延びてた。
まぁ勝手に私のお茶飲まれたり勝手に私の部屋のバランスボールをトメ友にあげたりするだけで特に実害もないし、ウトとコトメちゃんが事故で亡くなったりしたから1人は寂しいだろうなって事で追い出すような事はしてなかった。
そんな風に私と旦那が気を使って甘やかしてたのが悪いのか、調子に乗ったトメが昨日とうとうふざけた行動に出やがった。

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732: おさかなくわえた名無しさん 2005/10/22(土) 17:32:08 ID:CDpGpnzR
けっこう混んだ電車に乗ってた俺。

するとなんと、前に立ってた派手でバカで陰険そうな二人組女のうちの一人が突然 
「やめて下さい!この人チカンです!」と俺の方を向いて言った。 
俺は両手で本を読んでたし、当然触ってない。

今まで経験したこともないあまりの修羅場に俺は、 
「あぁ・・・これが世に言う痴漢でっちあげ女か・・・俺の人生ももう終わりか・・」 
とか冷静に考えてた。 
頭の中は真っ白だったが。

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226: ◆8B8X/67LrWes 2014/06/20(金)22:15:08 ID:3rxPDZKWG
自分の人生が結構な修羅場。
長いです。

幼児期の私は所謂放置子だった。
三歳で近所の公園に一人で遊びに行ってた記憶がある。
小学生になり、一時友達は出来たが段々と虐められるようになる。
小さい頃には虐められる原因が解らなかった。
大人になって幼少期の自分を振り返ると、距離感が掴めてないKY児童だったと判明した。
虐めに暴力は無かったが地味に精神を削られ続け、立派なコミュ障に成り下がる。
そんなもんで仕事もルーティンワークな仕事にしか着けず、中卒で就職し底辺な暮らしをしていた。
成人した翌月、母親から保険証持って着いてこいと凄まれる。
借金の申し込みと解った私は「毎月給料の半額家に入れてるのに何でそんなお金ないん?いくら親子でもお金の事に関しては譲れない。」と頑なに断る。
結果「親が困ってる時に助けない子供は要らん」と家から追い出される。
半月は仕事を通じて巡り会った数少ない友達のお宅にお世話になりながら住み込みの仕事を探す。
地域を選ばず何処でも飛べる派遣社員になった。
居住が西日本から東日本に移った。
居候させてくれた友達には暫く働いてお金を貯めたのちに改めてお礼と言う名目で回ってないお寿司屋さんでご馳走をした。

派遣になってからは無我夢中に働いた。
コミュ障があるので自分を表現するのは下手だったが、幸いな事に仕事仲間には恵まれていた。
そこで知り合った同僚から、趣味のゲームに誘われた。
所謂オンラインゲームと言う奴。
あまりゲームに触れた事がなかった私でも、同僚のリードがあり溶け込んでいけた。
自分を反映させたそのキャラクターには支援系の職業をやらせてスキル回しやらを必死に覚えた。
ゲームの世界で、誰かから必要とされる気持ちを貰ってPC前で一人で泣く事もあった。
そんな世界で知り合った人達と飲み会をする機会があった。
自分が参加して良いのか解らなかったから黙っていたけど「貴女も参加するよね?ってかおいでよ!」と言われて嬉しくて参加表明した。
そこで色んな年代の人達とワイワイ楽しく飲みながら、少しずつ自分らしさを見つけて行った。

ある日、その世界の一人の男性から告白をされた。
飲み会であった時から気になっていたと言われた。
告白されるのも始めてで返事に困っていると「急がなくていいよ。」と言われ、暫く返事を保留にしていた。

少しずつ距離を狭めていって、正式にお付き合い開始。

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