鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

タグ:修羅場

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839: おさかなくわえた名無しさん 2014/11/20(木) 19:49:56.26 0
愛煙家の父と嫌煙家の母の大喧嘩を焚きつけてしまった。
父は1日2箱くらいタバコを吸うヘビースモーカー。母は家の中でちょっとでもタバコの臭いがするとヒステリックを起こす嫌煙家。
ある日、家に帰ると食卓にコーラの缶が置いてあった。コーラが好きだったので飲んだら気持ち悪くて吐いた。
中身はタバコの灰とコーラの残りが混ざったもので、父が灰皿代わりにしていたものを誤飲してしまった。

買い物から帰宅した母は事の次第を理解し、父の書斎に急行。叫び声やら物を投げ付けるような物音がけたたましく家中に鳴り響いていた。
気分が落ち着いて書斎に様子を見に行ったら、父は何をされたか知らないが殆ど血みどろだった。顔は肌色の部分を見つける方が困難なほどボコボコになっていた。

以来、父はタバコをやめた。何故、極度の嫌煙家の母と愛煙家の父が一緒になったのかは良くわからない。

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754: おさかなくわえた名無しさん 2014/11/17(月) 18:13:33.51 0
母に捨てられたときが修羅場。
不倫相手とどうしても一緒になりたいから、と土下座され、母は出て行った。
泣いてすがったけど、ごめんね、いつかきっと、あなたにもわかってもらえる日がくると思うから、許してねって、引き離されて置いていかれた。
30年経ったけど、子供3人を置いて出ていけた母の気持ちはまだ、わからないし、これから先もわかる日はこないと思う。

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576: おさかなくわえた名無しさん 2014/11/09(日) 09:25:49.55 0
3年程前の話
俺実家は当時5人(両親、俺、妹、弟の順)全員既婚で別居、俺夫婦は子無しだった
まず俺父が還暦目前にしてW不倫バレ、激怒した俺母が家出してうちへ
俺母はムチュメタンマンセーで俺はゴミ扱いだったからおかしいなと思ってたら、嫁から俺母にも彼氏がいるクサイと報告が
問い詰めたら俺母もW不倫、うちに転がり込んだのは彼氏宅に近いからとか氏ねよもう
更にそれを知って逆ギレした俺父と俺父を追ってきた不倫相手の旦那さんと、俺母の不倫相手の奥さんが同時に来襲
うちの居間で喧々諤々の大喧嘩、これに俺がブチ切れて全員を叩きだした
この時点でお腹いっぱいだったのに、数日後に弟から「アニキ実は浮気がバレて・・・」と電話が入る
ゲンナリしつつ弟嫁さんと話すが、先方(浮気相手)が妊娠してると聞かされて目眩がした
これはもうダメだなと、弟の不出来を各方面に詫びつつ本人には説教
弟は最終的に持ち家と財産差し出して離婚、更に浮気相手にも捨てられ俺も絶縁宣言して以後は知らない(死んではない筈)
もうやだ氏にたいとか嫁に冗談半分で愚痴ってたら、今度は妹の旦那さんから「どうも浮気されてるっぽいんです」と相談が来た
半ばなげやりでアドバイスして調べさせたら真っ黒だったとかもうね、ちなみに姪っ子も妹旦那さんの子じゃなかったとかなんなのと
この件も向こうの実家から仲人さんや勤め先にまで頭下げたのは俺、両親は本人達の離婚調停と浮気相手の配偶者さんからの訴訟で火ダルマ炎上中だった
申し訳ない、続きます

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488: おさかなくわえた名無しさん 2014/11/06(木) 19:56:16.13 0
私の最大の修羅場は、旦那が亡くなって、長女が「○○さん(私の名前)の娘じゃないことは知っています。
でも、離れたくありません。中学を卒業したらすぐに働くので、お願いですから一緒にいさせてください」と言い出したとき。

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297: おさかなくわえた名無しさん 2015/03/15(日) 13:10:53.83 0
携帯から失礼致します。
ようやく決着がついた離婚修羅場話です。

結婚後しばらくして義両親と同居になったのですが、とにかく連日いびられていました。夫に訴えても我慢しろの一点張り。義両親から「今日は家族だけで食事したい」と言われれば、私は台所に追いやられて一人食事、義両親と夫は別室で私の作った食事を食べていました。
私の両親は他界しており帰る実家は無く、頼るべき肉親は地元に1人暮らししている年の離れた妹一人しかいませんでした。心配をかけたくないと思っていましたが、また1人台所に追いやられた時、ついに泣いて妹に電話しました。
妹は「すぐそっち行く」と言い残し、地元の隣県のここまで車を飛ばして駆けつけてくれました。
妹は義両親と夫がいる部屋に突入。夫と義両親に「人の姉に何してるんだ!」と地元(修羅の国)方言で怒鳴りつけました。
ぽかんとしていた夫に詰め寄り、「お前の家族は誰だ!一番大事にしないといけない人は誰だ!」と凄み、夫が口ごもると「早く言え!」とスリッパでバシーンと殴打。
夫が何を言おうとも無言でスリッパではたく妹。止めに入ろうとした義両親も妹のあまりの剣幕と、響き渡る殴打音に怯んでいました。
妹は「姉は連れて帰ります。夫さんは姉を家族だと思ってくれていないようですので」と私の手を引いて脱出。
自分が情けなくて、妹の運転する車の中で何度も謝ると「昔お姉ちゃんが私に同じことしてくれたでしょ」とのこと。
実は他界した実父は母や私、妹に暴力を振るう人で、母は耐え切れず私達姉妹を置いて家を出て行きました。父は当時中学生の妹に怒りの矛先を向けたので、私は父の隙をついて妹を家から連れ出したことがありました。
その後紆余曲折あったのですが、もう10年以上も前のその時のことを妹はずっと覚えてくれていたそうです。妹の住むアパートに着くまで涙が止まりませんでした。本当に妹には感謝しています。
その後も妹にお世話になり、弁護士さんを入れて何とか離婚しました。今は地元でお互いに気ままな1人暮らしができています。

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