鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

タグ:事故

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799: 名無しさん@おーぷん 2016/09/01(木)07:35:24 ID:RVV
夏休みも終わったなぁ。
かれこれ15年程前の話。当時付き合っていた彼女(後の妻)と夏休みの最後に思い出作りとして車で出かける約束をした。
自宅には寝たきりの祖母が施設から一時帰宅していて、その祖母に出かける前の挨拶をした。
普段ならニコニコしながら手を振ってくれるのに、その日は俺の手を掴み首を振って何かを嫌がった。介護の経験ある人なら分かるだろうけど、寝たきりの年寄りでも意外と力あるんだよね。
昔可愛がってくれた祖母なので無理に引き剥がす訳にも行かず、彼女には腹の調子が悪いから遅れると連絡して祖母の話し相手をした。
話し相手と言っても祖母はほとんど喋れなくなっていたのでこちらが一方的に話しかけるだけなんだが、そんな祖母が「(俺)ちゃん、急がば回れよ」と聞き取れるレベルの発声で声を出した。
祖母はそう言うと手を離し、俺とその場にいた母は祖母の異常に変な予感を感じた。
俺は約束の時間から30分程遅れてしまい、当初の予定が大分狂ってしまったので彼女と話してドライブメインに切り替え遠回りで目的地まで行くことにした。
10分程経った頃、彼女の携帯に連絡が。何やら相手は取り乱しているようだった。何事かと思い路肩に停めたら、相手は彼女の母でニュースで元々通る予定だった道路で事故が起きたんだとか。

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210: 名無しさん@HOME 2012/04/03(火) 04:33:23.48 0
重複スレにあげてたから本スレにあげなおし

もう10年くらい前のことだけど自分の中ではかなり修羅場だったことを最近わかったため
忘れるため投下・・・

小学3年の冬に父親が事故であっけなく亡くなった。
それから1年は父親と住んでた家で生活してたが母親が1人では私と弟・妹の3人を育てきれないからということで母親実家に引越し

母親実家に引っ越してから不安もあったけどなんとか新しい小学校になじんで暮らしてた小学5年生の時いつからか母親が帰ってこなくなった。
母親実家に住んでたためご飯などは全て祖母が面倒見てくれた。
小学6年になったある日塾が終わった後、塾から祖母に迎えに来て欲しいと電話をしようとした時なぜか覚えていた母親の携帯に電話していた。
母親もしらない電話番号だから出たんだと思う。
約1年ぶりに母親の声を聞いた私はその場で大泣きした。
さすがに変に見られると思い、そのとき塾やスポーツを習いに行ってたためプリペード携帯を持たせられたからその携帯からもう1度電話をかけると母親に言って電話を切った。
プリペード携帯から電話を改めてかけなおしてなきながら「お母さん帰ってきて」って言い続けた。
その後母親は帰ってきて祖父にものすごく怒られていた。
そのときの話を盗み聞きしてた妹によると父親の遺産も全部使いきったらしい。

文章にするとあんまり修羅場ではないようだけど、つい最近このときのことを夢に見て泣いた。
あの時気まぐれで塾の電話を使って、間違えて母親に電話しなかったから今でも母親離れてたかもしれないと思うと怖かった。
正直父親が亡くなったことをまだ認めてなくて誰にも言えず新しい環境でずっと引きずっていたのでそれも原因だと思う。
父親の遺産はまだ本当なのかどうかはわからないけど最近祖父の話を聞いたら5000万+家を売ったお金があったみたい。

もう夢に出てこないといいなという思いをこめて投下しました。

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chichi
198: 名無しさん 2014/03/31(月)16:30:57 ID:npyi9BEMp

今俺、20代後半で大学4年の卒業直前の話。

親父は一級土木、測量、発破、重機取扱とか土木の仕事をやってたのね。
バブル時代は高速とかゴルフ場作りとかやってたみたい。

常に単身赴任で、俺は中学まで「世の中の父親はみんな出稼ぎで頑張るもんだ」と
思ってたくらいだったわ。

んで、バブル崩壊からちょっとしたくらいに、勤めてた大手会社が倒産。
その後、地方の中小土木会社を転々としてたんです。

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12: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/01/28(月) 18:13:48.55 ID:Z0jXXLZr
母親がひき逃げにあったのが最大の衝撃。路地でひっかけられて転倒、頭を打ったらしくしばらく事故現場で意識不明の状態だったそうだ。 
母がその時身分がわかるものを持っていなくて、私が病院から連絡を受けたのは事故から数時間経ってから。 
意識不明だと聞かされ、顔面蒼白になった。打ちどころが悪かったらしくてその後手術するということに。手術中は不安で不安で仕方なかった。 

病院の人によれば、道端で倒れていた母を発見し、救急車に一緒に乗ってついてきてくれた人がいると言う。 
私と連絡がとれるまで何の関係もないのについていてくれたそう。護師さんが連絡先を控えてくれていたので連絡をとると 
落ち着いた感じの女の人で、母の状態を心配してくれた。遠慮されてしまったけどほぼ無理やりお礼の品とクリーニング代 
(母に出血があって、その人の衣服を汚してしまっていたと看護師さんに聞いたので)を持って尋ねると、まだ20代前半くらいのギャルな子だったのが二度目の衝撃。 
電話口の話し方や応急処置が丁寧だったと聞いていて、勝手に主婦だと思い込んでたので驚いたけど、心を込めてお詫びとお礼をした。 
クリーニング代は受け取ってくれず、持っていったお菓子だけ遠慮しながら受け取ってくれて、終始赤の他人であるはずの母の心配をしてくれて涙が出そうだった。 
学生時代にギャル集団に軽いいじめを受けてそれ以来苦手だった&心の中で見下し対象にしてたギャルさんだったけど、そんな雰囲気の人が確かに母を救ってくれた。 

どうにか退院した母と、もう一度お礼に行ったら『退院のお祝い』とセンスのいい贈り物を頂いてしまって恐縮してしまったけど、今回の件で 
母の大切さと人を見た目で判断してはいけないってことを同時に噛み締めた。もらった優しさを、色んな人に返していこう。

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595: おさかなくわえた名無しさん 2010/10/20(水) 01:43:20 ID:5XXp9E18
新しい燃料ってことなので、ずっとROMってたけど私の冷め話でも。

ずっと私のことを好きだと言ってくれていた男性とドライブに出かけた。性格的にも凹凸がなく、まさに“普通”を絵に描いたような彼だったが、
私自身まんざらでもなかった。

以前から「運転には自信がある!」と言っていた彼は、その日、自慢のドラテクを披露すべく、急発進や危険な車線変更を繰り返し、最終的に
事故った。

赤信号の手前で周囲が減速しているところ、隣の車線に移ろうと、突然ハンドルを切り、見事に前の車に衝突したのだ。

事故の相手のお姉さんも私たちも、奇跡的に怪我をしなかったが、車はどちらもベッコリいっていた。

途中何度も危ないから止めてと言ったにも関わらずの事故であることと、好きだと言っていた私の命を危険にさらすことへの配慮のなさに、既に
十分冷めていたが、ここで彼が思わぬ言葉をつぶやいた。

「何であそこでブレーキを踏むかな」

誰もがあなたのように運転自慢なわけではないし、あそこは信号手前。減速するのが当然だ!!! と声を荒げた私に、彼は優しくこう言った。

「ごめんね。女性に運転は分からないよね。怖い思いをさせたね。」

ふふふ。何て優しい彼でしょう。気遣いもできて、こんなときでも慌てず私のことを考えていてくれる。でもね…

あなたは私の仕事のことを聞かなかったから知らないでしょうけど、私はプロのドライバー。発売前の車のテスト走行を担当するあれだ。あなたの100倍は車のことを知っているし、ご自慢のドラテクだって私の足元にも及ばないでしょう。

私がその場で上記のことを告げると、彼はうつむき、その後、終始無言でいた。彼とは付き合うことはなかったのは言うまでもない。

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