鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

カテゴリ: 感動

 (4コメント)

hqdefault
125: 癒されたい名無しさん 2011/06/01(水) 23:19:42.69 ID:ZyV2dxLf
嫁が激しい闘病生活の末、若くして亡くなって五年後、こんな手紙が届いた。
どうやら死期が迫ったころ、未来の俺に向けて書いたものみたいだ。

この記事の続きを読む >

 (4コメント)

6

395: 癒されたい名無しさん 04/07/28 07:40 ID:j6kpYiEs
ノンフィクション

おれ中③の時犬連れてきた。
ある歩道で走って自転車についてきたので
運命的なものを感じカゴにひょいっと入れ持ち帰った。。

おれが面倒は見た。母さんに時々ご飯を頼む位で医者もカゴに入れて連れてった位。
散歩ももちろん行った。それ以外のコミュニケーション、しつけもバッチリやった。
小5という幼さにして犬から見たら完璧自分がボスになっていた。本当完璧になついているのが嬉しかった。もちろん裏切るようなことは一切しなかった。
自転車で友達と出かけるときは泣きじゃくり見えなくなっても声が聞こえていた。
学校行く時はさすがに毎度のことなのでなれていたがお座りしたままずっと見続けていた。おれも毎日何度も振り返っていた。
学校から帰るとこれ以上ない喜びってくらいに駆け回りおれもそれをみてわくわくし毎日門扉を閉め庭内で開放しおっかけっこした。

一回、毛が生え変わりこれを機にとおれがシャンプーしたことがあった。
チョロ(犬)はかなりびくついていた。終わって犬も落ち着いてきたが
汚れるのがもったいなく感じ、自分の部屋で寝せた。夜、電気を消すと
不安になったらしく「くーん、くーん」と鳴きだした。しょうがなく
電気をつけ布団をあげ合図したらすぐ布団に入ってきた。
朝、若干のにおいで目が冷めると普段と違う場所のせいかチョロはうんこしてしまっていた。
だが、本当に申し訳なさそうにおれを見て上目遣いで見ていた。
自分で反省していたのでもちろん怒ることなくティッシュで取りそのままシーツは親に黙って
洗濯物かごにいれた。次の日の洗濯物がチョロのウンコ臭くて笑ってしまった。


この記事の続きを読む >

 (2コメント)

103101
175: 素敵な旦那様 2006/03/27(月) 16:16:35
すこし前、おふくろが死んだ。
俺とおふくろは仲が悪いわけではなかったが、おふくろが病弱な妹の世話に
いつも追われていたため、なんとなく打ち解けない感じで育った。
おふくろが亡くなった時、寂しいというか妙な喪失感でかなり落ち込んでいた。
昨日もちょっとしたことでおふくろを思い出して落ち込んでいたら、
「ちょっとこれ味見して」と妻が伊達巻を持ってきた。
食ってみたら、いつもの妻の味と違う。
なつかしい、おふくろの味。おふくろの大得意だった伊達巻の味だ。
おふくろは結婚前から入退院を繰り返していたから、妻がおふくろに料理を
教わる暇などなかったはずだ。
一度花見に行ったときにおふくろの弁当を食べたけれど、一度食べたくらいで
こんなにも再現できるものだろうか。
不思議に思っていたら、妻が一冊の古いノートを差し出しながら言った。
「お母さんが亡くなるちょっと前に、私にレシピノートをくださったのよ。
子供のころ偏食だったあなたのために、お母さんが一生懸命作られたそうよ。
『偏食癖が出てきたら使ってね』って下さったけど、もしかしたらこれで
元気が出るかもと思って。」
ノートには「○○(俺)のレシピ」と書かれていた。
中には、野菜入りのハンバーグ、ふわふわの甘いオムレツなど俺の好物の作り方が
おふくろらしい小さな丁寧な字でいっぱい書いてあった。
ああこれ好きだったなあ、これは病気のときよく作ってくれたっけ。
妹ばかり可愛がって、俺のことはかまってくれないと思っていたけど、
おふくろはちゃんと俺のことを思っていてくれたんだなあ。
そう思うと泣けて泣けて仕方なかった。
まだ悲しいことは悲しいけど、なんとなく昨日までとは違う気がする。
ちょっとだけ元気が出た。

この記事の続きを読む >

 (2コメント)

9955

952: 名無しさん@HOME 2012/03/13(火) 19:03:31.36 0
祖父母は、孫の私から見ても仲の良い夫婦だった。特に祖父が、天然風味の祖母にベタ惚れ。
明治生まれのかくしゃくたる厳しさを持ちながらも、祖母をいつもエスコートしていた。
そんな祖父が寝たきりになった時、祖母はいつも、隣に寄り添って話しかけていた。
祖父はもう言葉もわからくなっており、自宅で寝たまま、死を待つばかりだったんだけどね。

ある朝、いつものように「おじいさん、おはよう。今日は良い天気だよ~」と話しかける祖母。
その瞬間、目を開いた祖父。いつもの眠たいような目ではなく、ぱっちりと。
「あら、おじいさん!今日は気分が良いんだね?良かったね~!プリン食べるよね?」
と、ハイカラな祖父が大好きなプリンを、口を開かせせっせと食べさせる祖母。
…が、なにかおかしい。飲み込まない?と不安になった祖母、息子(私の父)を呼んでみた。
「おじいさんがプリン食べないんだけど…」と、言われ、「どれ?」と父親の様子を見た息子、仰天。

「おばあちゃん!おじいちゃんは気分が良いんじゃない! 瞳 孔 開 い て る !!」

それから一気に修羅場。必死に胸を押す父と息を吹き込む祖母。主治医に電話する母。
身内がやる人工呼吸って、辛いらしいね。諦めるタイミングとを図るのがね。
どんなにもうダメだと思っても、永遠に続けたくなるらしいね。両親と祖母が言ってた。
主治医が来るまで粘った3人は「あれほど辛いことはなかった」と、話していたよ。

お通夜の時、その悲しい話を黙って聞いていた我が姉がひとこと。
「う~ん、でもさ。誰が一番修羅場だったって、実は、祖父なんじゃない?」
………確かに!!瞳孔が開いていたから意識も苦痛もなかったと思うけど、
いまわの際に、愛妻から口にプリン突っ込まれたおじいちゃんが一番の修羅場だ!!
もうね、そう思うと、94歳での文句が付けようのない大往生だったこともあり、
家族全員で泣きながら大笑いをしてしまったよ。「おじいちゃん、お疲れ様!」って。
祖母も笑ってた。顔を涙でクシャクシャにして「私ったらねぇ…」と。
でも、そんな祖母が好きだったんだ、祖父は。いつも笑っていたんだ、愛おしそうに。

…祖父が亡くなって早10年。実家では、祖父の仏壇にプリンだけは供えませんw

この記事の続きを読む >

 (7コメント)

299

329: 名無しさん@おーぷん 2016/01/27(水)15:55:51 ID:McA
交通事故でバイクに撥ねられ2年以上意識不明になり気づいたのが娘の結婚式の真っ最中だったらしいこととその後しばらく

感覚的には夜寝たら二日酔いで目覚める翌日の朝って感じだった
一生目が覚めない事も覚悟してくれと家族は言われてた
娘の相手が俺の部下。
義息子は俺が目覚めるまで待つと言ってたが妻が娘行き遅れたりや相手の母親(旦那さん鬼籍)にも申し訳ないと説得してくれた
式は大混乱だったものの来場者に義息子が説明しお食事会に変更、娘夫婦と妻と親族はそのまま俺の入院先に突撃

後から見せられた式場のビデオで有り難さと申し訳なさに泣いた
しかも新婚旅行キャンセルw
後日流石に申し訳ないので旅行プレゼントしたがなんつータイミングで起きちまったのかと申し訳無かった

俺は俺で意味解らないの連続で数日どころか一週間以上理解出来なかった。

義息子は可愛がってた部下だった 
俺が意識不明で入院してから毎月二回は見舞いに来てくれてたらしい
本人は娘さん狙いでしたわーとか言ってるが娘に会ったのは入院半年後だったらしいし娘狙いならそれはそれで結果出せる男なのでむしろ問題無いし有りがたい

さらに義息子が大出世してて独立部署新設で初代責任者になってた
俺の元役職課長の上になってたのにも驚くし彼の部署だけ遅刻皆無の残業法定内で売上成績は全社で上から数えたほうが早く利益率はトップ
しかも従業員の家族や親の誕生日、子供の学校行事には部下に有休を半ば強制的に使わせるアメリカン強制野郎になってた
他はほぼ取得ゼロなのに彼の部署の有休取得率は歴代トップで塗り変えられることは法律変わらんと不可能なレベル
ペットの犬が死にそうな部下に「馬鹿野郎ちゃんと傍に居てやれ!」と怒鳴ったのは伝説
お前昔遅刻仮病親戚何人も殺してたやろうがと心の中でツッコミ

俺はリハビリしてるが左半身に大分後遺症残った
一度は仕事復帰したが現状では足手まといだし金は慰謝料やら退職金やら見舞金やら保険金で有るので妻と細々暮らす事にして、今日の午前で27年勤めた会社にお別れした
明日保健所で子供のころからの念願のわんこゲットしに行くんだが犬好きな義息子も行きたいと有休取った

明日から俺の妻は義息子のお母様と台湾に行くので俺置いてけ堀w
苦労した分羽を伸ばして貰いたい

そして体以外は平和な日々にウッカリ、俺事故って結果的によかったのかもなぁと呟いたら次そんなこと言ったら山に捨ててくるっすよ?と笑顔で義息子に凄まれて本気でビビったw

今彼の部署に社長の息子が修行中で居て、毎週のように家に勝手に遊びに来るらしく会社でも兄貴と弟状態。
一族会社なので義息子は役員候補と目されてる
娘は月一にしろと社長子息本人に怒ってるのには唖然としたがソウダソウダーと義息子も言ってたので笑ってしまった

これほど穏やかな日々が訪れるとは事故前の俺なら思わなかったのも衝撃といえば衝撃

この記事の続きを読む >