鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

カテゴリ: 実親が嫌い

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545: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)04:48:29
初めて書き込みます。
不馴れな上にとても長くなっております。
読みにくかったらすみません。

わたしが3歳、弟が1歳のときに、母親が失踪しました。
夕方に出張から父が帰ると、冷蔵庫と藤製の電話台以外の家財道具が一切なくなっており、ぐったりしたわたしと、同じくぐったりした歩行機に乗せられた弟がいたそうです。
何故母がいなくなったのか。
事情がわからない父は一人で育てるのが無理だったので(船で遠出をする仕事)、わたしと弟を新幹線で2時間ほどの距離の父方祖父母に預けました。
これが第一の修羅場です。(主に父が、ですが)

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kojuto
820: 名無しさん@おーぷん 2016/11/05(土)11:48:14 ID:KoQ
俺は親父と共に嫁さん実家へ行き謝罪した。
そこで嫁から改めて愚痴られた母の言動が非常にウザかった。
たとえば嫁が近所の困ったオバハンについて愚痴ると、
「あら嫁ちゃんかわいそうに。……でも嫁ちゃんが悪いんでしょ?」
と一言付け加える。
嫁が何か失敗すると、たとえば芋の皮むきをしていて手がすべってシンクに落とすと
「また失敗したの」と必ず言う。
一番嫁がイヤだったのは、母の口癖「毒を食べさせられる」だったらしい。
母は体に悪い食べ物だと認定するとそれを「毒」と言う。
母はほぼ毎日アパートに来て
「あらおいしそう~でも毒だわ。私に毒食べさせないでね」
「また毒ばっかり作って食べて」「また毒食べてるのね~」
とやっていた。
妊娠中で嫁は食べづわりがあり、情緒不安定気味だった。そこへ毎日「毒、毒」とやられ
「とにかくあの『毒食べてるのね~』の声から逃げたかった」
と嫁は言った。

嫁実家に頭を下げて出産までいてもらい、俺はアパートを見つけて引っ越した。
新しいアパートの場所は念のため妹にだけ教えた。
父に教えると何らかの形で母に洩れる恐れがあるからだ。
このあたりから気団板を参考にするようになった。
妹に「あの家に18年間いたのに、なんでお母さんのイヤさがわからなかったの?」
と呆れられた。
なんとか嫁は無事に出産し、戻って来てもらって離婚は回避した。
気団でイメトレし、育児にできるだけ参加してポイント回復に努め現在に至る。
母にはあれから何か行事の時しか会わせていないし
会っても30分~1時間で帰る。
食事もなるべく一緒にしない。例のあの「毒~」が始まるからだ。

今思えばあの「毒、毒」は俺も実家にいた頃毎日聞いてたんだよな。
でも麻痺していてどうとも感じなかった。
嫁に「イヤだ」と言われた時も「聞き流しておけばいいのに」としか思わんかった。
母から離れて初めて、食べ物に「毒」呼ばわりする不快さがわかったわ…

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doku
324: 名無しさん@おーぷん 2016/09/27(火)21:15:51 ID:SxN
高校2年の秋、部活のユニフォームがヘタレてきて、でもその頃両親の仲が悪くて言い出せなかった。
俺が何を言っても父が「お前の教育が悪い!」と母にキレるんで何も言えなかった。
大げさじゃなくマジで、「ハンバーガーうめー」って言っただけで
親父が「息子が底辺の食い物を食うバカ舌になった!おまえのせいだ!」って母にブチギレる日々だった。
俺はユニを自分の貯金で買うことにした。
小学生の時以来ほぼいじってない通帳とカードを持って(入金は母任せだった)ATMへ行った。
20万くらいあるはずの残高が800円代だったのが衝撃。

通帳記帳したら毎年のお年玉は入金されていたが、中3の夏と高1の冬にごっそり引き出されていた。
犯人は親父でした。
暗証番号を誕生日にしてた+机の引き出しに入れっぱな俺も悪かったが
まさか家庭内に泥棒がいるとは。
俺のお年玉は親父の浮気相手の誕プレとホワイトデーに消えたそうです。

と言ってもすぐ↑が判明したわけではなく、半年くらい黙っていた。
なんとなく父が犯人なことはわかっていて、母に言ったら離婚のトリガーを引いてしまう気がして言えなかった。
今思えばさっさと言うべきだったが高校生だったしな。
離婚後父がのこのこ会いに来て「愛人が最近冷たいんだけど、お前だったら何買ってあげる?」って
真顔で訊いてきたときも衝撃だった。

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kinou
295: 名無しさん@おーぷん 2017/11/07(火)10:35:30 ID:yjs
子供のころから自分の家族は少し他と違うと思っていたけど、たぶん「機能不全家族」だったんだと今にして思う。

父は一応会社員だったけど、飲む打つ買うで給料すっからかんなんかざら
母はいつもお金で苦労していた

子供のころは母が可哀そうと思っていたけど、実際は違ったんだ。

父の放蕩は結婚前から分かっていたらしいし、結婚してすぐに母の結婚前の貯金を使いこんだり色々やらかしていた。
昔でもあまりにひどい場合、仲人や両親に相談するという手は残されているし、仲人や両親がストッパーとして働くのだけど、母は肝心のことを両親に相談しない。
「お金がない」とはいっても「なぜお金がないのか」を伝えない。だから祖父母も両親ともに金遣いが荒いんだと思ってた節がある

さらに夫となる人と話合うこともない。

子供である自分たちがある程度大きくなったら「お父さんには困ったものだ」と愚痴は垂れ流すけど何も動こうとはしない。もっというとある種のナマケモノか、ちょっと足りない人だったと思う。
実母に対してそういうことを書くと叩かれるだろうけど、自分が何か動くとか、何かやるとか、責任を引き受けることを極端に嫌ってた。私たちが大きくなると家事は子供にやらせてゴロゴロしているだけだった。
父がある種の引っ越し魔で何度も勝手に引っ越すのだけど、引っ越しって結構大きなイベントじゃない?まして子供もいると。
それなのに、「お父さんが引っ越すっていうから」と唯々諾々としたがう。
引っ越しお金が無いのに無理に引っ越すから食費とかを切り詰める羽目になったり。
引っ越し先の物件すら父親任せで自分が見に行くとか探すこともない。

父も自分はさんざん親から色々してもらっているのに、子供には何もしてやらない、勿体ないっていうようなおかしな人だった。

今も覚えているんだけど、学校行事で早朝に集まる必要があるときに、大体の家は親が車で送るんだけど、私の父は「なんで親が子供のために働くんだ」ってバカにしていた。

まだまだ思い出すと色々あるんだけど、ほんとうに家庭として全く機能していなかった

ちなみに父親は悪名高いQ州出身で、親族もそっちの人が多いのだけど、親族の家庭は普通。
あるとき、父はパチか麻雀か馬か何かで盛り上がり、重要な冠婚葬祭に大幅に遅刻してしまった。その時私たちは親戚の家に泊まってて、子供が眠ってから、大人が集まって父に対し説教していたらしい。怒鳴り声で目が覚めた。
父方の伯父が私の父に向って「九州男児というのは嫁と子供をしっかり養ってこその九州男児だ、お前はただの放蕩三昧で恥さらしだ」と怒鳴って叱りつけていたことをうっすら覚えている。

父も母も破れ鍋に綴蓋だったんだろうな。

話し合いもまともにできない人がまともな家庭は作れないよなーと今にして思う。今はほぼ絶縁している。

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207: 名無しさん@おーぷん 2017/11/05(日)09:17:33 ID:dGR
父親の頭が沸いてるとしか思えない。

この間母、祖母、父と私の4人で車で出かけたんだけど、
高速で死ぬほど飛ばす。120kmくらい。
母も祖母も怖いと伝えると怒る。
「これぐらい普通だろ周り何も見てないくせに」
とか言う。運転中に怒らせると命に関わるので、
帰ってきてから冷静に話そうとするとまたキレる。

「110kmで俺は我慢してる、おまえらも怖いのくらい我慢しろ」
じゃねぇよハゲ。一人でやってろ。
怖いもんは怖いし嫌なもんは嫌に決まってるだろ。
自分だってブロッコリーが夕食に出てきたら怒鳴るくせに。

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