鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

カテゴリ: 実親が嫌い

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874: 名無しさん@おーぷん 2017/05/05(金)16:24:41 ID:66l
小3のこどもの日に朝起きたら家に誰もいなかった
書き置きどころか私の朝ごはんらしきものも一切なくてさ
姉が生まれつき体のあちこちが悪くて入退院を繰り返してたからまた夜中に急に病院に行ったのかな、それでもいつもはお父さんぐらいはいるのになあと思いつつカップ麺出して食べた
昼も同じ
夕方3人で帰ってきたけどネズミ園に行ってたんだってさwww辛い治療を我慢してるお姉ちゃんのごほうびだからお前は関係ないだろjkみたいに言われて泣いたwww
5年生のとき学校にすごい顔した母が来てランドセルも持たずに病院に連れていかれた
母が「これです!これ使ってください!」って絶叫したときの看護婦さんたちの反応www本人だけ意味わかってなかったしwww
以後親から離されたのは今思えば良かったんだろうね
それでも姉まだ生きてるっぽい
医療費大変らしいけどフーンとしか
ずいぶん時間がたってんのにこんな晴れたこどもの日は特にまだつらい





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670: 1/2 2017/01/16(月)12:17:11 ID:NfD
従兄が20代にして糖尿病発症
遺伝性なら同情するが完全に生活習慣
従兄の家は肥満が多いのでなりやすい血筋なのかもしれないけど
でもそれまでの食生活を見てるととてもそれだけとは思えない
母親である伯母が、従兄の糖尿発症後一気に食事制限を厳しくし始めて
従兄がぶち切れまくり
ついにはパティシエとして働いてる私にまで転職しろと言い始めた

それだけならまだデブの戯言乙で済むんだけど、伯母の弟である私父が
伯母に同調して
「そんな罪深い仕事辞めてしまいなさい」
とか言い出した
何が罪深いのか聞いたら
「人を病気にする仕事なんて必要ない」
だそうで

それまで実家に給料の半分を入れてたんだけど、それすら
「誰かの命を削ってまで手に入れたお金なんて欲しくない」
って突き返された
これまで実家に入れてたお金が全部入った通帳と印鑑
私が結婚や独立することになったら返してくれるつもりで貯めてたっぽい
結構な金額が貯金されてるの見たら泣けてしょうがなかったけど
親とはもう価値観が違ってしまったんだと思って
引きとめてくる母親を振り切るようにして家を出て遠くの店に就職した

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545: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)04:48:29
初めて書き込みます。
不馴れな上にとても長くなっております。
読みにくかったらすみません。

わたしが3歳、弟が1歳のときに、母親が失踪しました。
夕方に出張から父が帰ると、冷蔵庫と藤製の電話台以外の家財道具が一切なくなっており、ぐったりしたわたしと、同じくぐったりした歩行機に乗せられた弟がいたそうです。
何故母がいなくなったのか。
事情がわからない父は一人で育てるのが無理だったので(船で遠出をする仕事)、わたしと弟を新幹線で2時間ほどの距離の父方祖父母に預けました。
これが第一の修羅場です。(主に父が、ですが)

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kojuto
820: 名無しさん@おーぷん 2016/11/05(土)11:48:14 ID:KoQ
俺は親父と共に嫁さん実家へ行き謝罪した。
そこで嫁から改めて愚痴られた母の言動が非常にウザかった。
たとえば嫁が近所の困ったオバハンについて愚痴ると、
「あら嫁ちゃんかわいそうに。……でも嫁ちゃんが悪いんでしょ?」
と一言付け加える。
嫁が何か失敗すると、たとえば芋の皮むきをしていて手がすべってシンクに落とすと
「また失敗したの」と必ず言う。
一番嫁がイヤだったのは、母の口癖「毒を食べさせられる」だったらしい。
母は体に悪い食べ物だと認定するとそれを「毒」と言う。
母はほぼ毎日アパートに来て
「あらおいしそう~でも毒だわ。私に毒食べさせないでね」
「また毒ばっかり作って食べて」「また毒食べてるのね~」
とやっていた。
妊娠中で嫁は食べづわりがあり、情緒不安定気味だった。そこへ毎日「毒、毒」とやられ
「とにかくあの『毒食べてるのね~』の声から逃げたかった」
と嫁は言った。

嫁実家に頭を下げて出産までいてもらい、俺はアパートを見つけて引っ越した。
新しいアパートの場所は念のため妹にだけ教えた。
父に教えると何らかの形で母に洩れる恐れがあるからだ。
このあたりから気団板を参考にするようになった。
妹に「あの家に18年間いたのに、なんでお母さんのイヤさがわからなかったの?」
と呆れられた。
なんとか嫁は無事に出産し、戻って来てもらって離婚は回避した。
気団でイメトレし、育児にできるだけ参加してポイント回復に努め現在に至る。
母にはあれから何か行事の時しか会わせていないし
会っても30分~1時間で帰る。
食事もなるべく一緒にしない。例のあの「毒~」が始まるからだ。

今思えばあの「毒、毒」は俺も実家にいた頃毎日聞いてたんだよな。
でも麻痺していてどうとも感じなかった。
嫁に「イヤだ」と言われた時も「聞き流しておけばいいのに」としか思わんかった。
母から離れて初めて、食べ物に「毒」呼ばわりする不快さがわかったわ…

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doku
324: 名無しさん@おーぷん 2016/09/27(火)21:15:51 ID:SxN
高校2年の秋、部活のユニフォームがヘタレてきて、でもその頃両親の仲が悪くて言い出せなかった。
俺が何を言っても父が「お前の教育が悪い!」と母にキレるんで何も言えなかった。
大げさじゃなくマジで、「ハンバーガーうめー」って言っただけで
親父が「息子が底辺の食い物を食うバカ舌になった!おまえのせいだ!」って母にブチギレる日々だった。
俺はユニを自分の貯金で買うことにした。
小学生の時以来ほぼいじってない通帳とカードを持って(入金は母任せだった)ATMへ行った。
20万くらいあるはずの残高が800円代だったのが衝撃。

通帳記帳したら毎年のお年玉は入金されていたが、中3の夏と高1の冬にごっそり引き出されていた。
犯人は親父でした。
暗証番号を誕生日にしてた+机の引き出しに入れっぱな俺も悪かったが
まさか家庭内に泥棒がいるとは。
俺のお年玉は親父の浮気相手の誕プレとホワイトデーに消えたそうです。

と言ってもすぐ↑が判明したわけではなく、半年くらい黙っていた。
なんとなく父が犯人なことはわかっていて、母に言ったら離婚のトリガーを引いてしまう気がして言えなかった。
今思えばさっさと言うべきだったが高校生だったしな。
離婚後父がのこのこ会いに来て「愛人が最近冷たいんだけど、お前だったら何買ってあげる?」って
真顔で訊いてきたときも衝撃だった。

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