鬼嫁日記〜2ch生活まとめ〜

カテゴリ: 実親が嫌い

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571: おさかなくわえた名無しさん 2015/12/09(水)04:36:34 ID:0P7
うちの母親の口癖は『本当は結婚なんてしたくなかった』『子供なんて産むんじゃなかった』だった
じゃあどうして結婚したのかって聞いたら『田舎で独身の女性への風当たりが強かった』『昔の女性は一人では生きていけなかっ』って返される

確かに母の結婚生活は子供だった俺から見ても幸せそうじゃなかった
義理の両親の干渉、母との会話さえ面倒臭がる父
なまじ母はそこそこ高学歴だったから自分の人生への後悔も強かったと思う
生活に追われて世間から断絶した母の溢れんばかりの関心と執念は、別に産みたくなかったはずの子供に向かった
最初の被害者は姉だった
友達と登下校、自分で服や髪型を選ぶこと、部活動、メールやLINEを使って友達を連絡、休みの日に何処かに出かける等、色んなことを禁止した
『自立心と主体性と対人能力を養ってほしくなかった』『友達とか先生とか、家の外の人と仲良くしてほしくなかった』『ずっと私だけを見ててほしかった』
母は俺にはっきりとこう言った
当時高校生だったにも関わらず門限5時を強いられて、おそらくストレスで髪を抜く癖がついて禿げてしまった姉は、学校の先生やカウンセラーの介入もあって祖父母の家で暮らすようになった

次の被害者は俺だった
机を文字通り引っ繰り返されて部屋の点検、宿題を破られる、テストの前日に遊園地に誘われて、俺が断ったら発狂する、シャンプーや石鹸を使うのを禁止
俺は姉に比べりゃ幾段か鈍感に出来てた
相手にするのも面倒だったし、どうせあと一年弱もすれば家出られるから耐えたよ

ペットの文鳥踏み殺されるまではな?

リビングに転がって鼻血流しながら『許して。許して。』って懇願する母を見ても、特に後悔とかはなかった
それから母は大人しくなった

工業系の高校だったからこのご時勢なのに就職は苦労しなかった。祖父母の援助を頂いて家を出てから、もう実家には帰ってない
祖父母を経由した情報によると母の執着は父に向かってるようで、何故だか俺と姉にSOSを求めてるっぽい
なんかもう俺含めたみんなの神経がわからん

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941: おさかなくわえた名無しさん 2017/06/01(木)16:47:48 ID:IbC
昔から父と一緒にいるときの母が大嫌いだった。
父は育児には興味がない人で、お金は出してくれるけど父親らしいことは一切しなかった。
それに性格にちょっと問題があって、沸点が低いし機嫌を損ねるポイントがわからないし、
怒ったり拗ねたりすると1時間も2時間も当たり散らされたし、人格否定とか、
頑張った事も褒めてくれることなんて無くてまぐれ扱いされた。
けど、虐待するわけじゃないしお金は出してくれてたから父親という役目からしたら
いい父親なんだと思う。
そんな父と一緒にいないときの母は、何でも言えたし会話も楽しかった。
普段の母は、ちょっと人の話を聞かない所はあったけど、母と二人でパフェ食べに行ったり
お買い物しに行ったり、誕生日にバイト代貯めて欲しがってた物を上げたりする位には
仲よかったと思う。
でも、父と一緒にいるときの母は、私が何か言えば馬鹿にしてきたし、相談した悩み事も
笑い話にして、父の前ではして欲しくない話題もペラペラと話した。
1番ショックだったのは、大学受験生の時、第一志望に受かるか微妙な成績だったんだけど、
母は受かると思うよって励ましてくれて、頑張れてた。
でも、父の前で大学の話になった時、母が、これは落ちるなって思ってるって言ってきて
ショックを受けた。
まあ、結局第一志望に落ちて、第二志望の大学に行くことになって一人暮らしを始めたんだけど。
最近ふと、母が父といる時に言ってたことは母の本音だったのかなって思ってモヤモヤしてる。
私は母と仲が良いと思ってたけど、母にとっては本音も言えない扱いにくい娘だったのかな。

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212: おさかなくわえた名無しさん 2015/06/29(月)00:25:21 ID:Zxr
私はもうすぐ55歳になるのだけど、まだ子供の頃の刷り込みというか洗脳みたいなものが残っていた。

私の母はいわゆる毒母で絶対にどんな事があっても自分が正しいと言い張る人だった。
幼い私にはいつもいつも「自分はなんて駄目な人間なんだろう」と思わせようとしていた。
だから、どんなに頑張っても「さらに上の人がいるからつけあがるな」、
どんなにつらい事が有っても「世の中にはもっと不幸な人がいるから、辛いと言ってはいけない」と言われ、
「お前はプライドが高すぎる」と罵倒されてきた。

私は結婚し、子供を産んで親の立場になってみて、自分の親がおかしいと気が付いた。
遅まきながらも、当時の母の理不尽さを訴えて「あんたみたいな恥ずかしい親にはならない」と
母にとって最も屈辱的な言葉で断罪し、母の事は切り捨てたつもりでいた。

それでもなんとなく生きているのが辛くて、死にたくなったり精神科に通院していた。
卒業した学校がキリスト教の学校だったので、キリスト教の教えにも接した経験から、宗教に
救いを求めたかったけれど、「神様は私たちを愛している。」とは信じられなかった。

私がイメージする神様とは「私が少しでも傲慢だと罰を与える」「世の中には苦しんでいる人が
たくさんいるのだから、自分はまだ恵まれている・今の状況に幸せを見つけろ」と言う存在だった。
私がうかつにも神様の怒りをかったら、あっという間に滅ぼされる、神様とは私の生殺与奪の権を持つ
恐ろしい存在としか思えなかったのです。

それって、そのまま母の性格であり、幼い日の私と母の関係そのものだったと先日、気がついた時、
もの凄く衝撃的だった。私にとって母≒神様、神様≒母だったのだと今までまったく気づかなかった。
また、母を断罪し、母の行いを完全否定したつもりで、30年間ずっと引きずっていたことにも衝撃的だった。
神様とはなんなのだろう?私にとって世の中がひっくり返った感覚です。

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745: おさかなくわえた名無しさん 2018/01/17(水)11:47:03 ID:pf1
両親の神経がわからん話。
私は4人きょうだいの3番目で、兄姉私弟の順。私だけ両親に嫌われていて、父に殴られたり、母に無視されたりしていた。
理由は父の姉(故人)にそっくりだったから。この人は20歳前後で死んだ人で、その死に方がすごく迷惑だったらしい。
詳しくは知らないけど、親や親戚に迷惑がかかる形で自殺した?らしい。
その伯母そっくりだからと言って嫌われ、小3あたりで暴力がピークになって施設に引き取られた。
施設には私と同じ「両親揃ってるけど、家に帰れない」って子が結構いた。
横暴な子もいたけど一握りで、ほとんどの子は私と同じタイプでオドオドして無口だったから楽だった。
施設に入ったら親が面会に来るようになったんだけど、面会の時の親はすっごく優しかった。
母は「ごめんね、すぐ迎えに来るからね…」って泣くし父は「ごめんな、ごめんな」って目を真っ赤にしてた。
子供だったから信じて迎えに来てくれるのを待ってた。でも全然そんなのはなかったw
お正月は何日か自分の家に帰れるんだけど、平和なのは最初の一日だけ。
歓迎ムードが終わるとあからさまに邪魔にされて、兄弟にも無視されて、父に「しんきくさい」って殴られる。
でもまた施設で一ヶ月くらい暮らすと、両親が面会に来て「ごめんなあ…」って泣く。
そのくりかえし。
さすがに中学生になると「ああこの人たちは口だけだ」って気づいて、お正月に帰らなくなった。
高校も施設から通って、施設のツテで就職。
親とはたまに電話する程度の関係になった。きょうだいとは全然疎遠。
今私は40代独身女。
高卒だけど働きながら資格を取ったおかげで女一人で生きていくくらいの収入はある。
その私に最近ぶら下がろうとしてくる両親がスレタイ。
なんか知らんが同居してた兄夫婦が逃げた?らしく、姉夫婦の所に今いるんだが追い出されそうらしい。
弟夫婦お嫁さんがきつい人だとかで、同居断固拒否のもよう。
それで私を頼りたいらしい。現在父は78歳、母74歳どっちも無職。
私は9歳までしか両親と住んでいないから、30年以上両親と離れて生きてきた。
両親の中ではその30数年前の、殴られても無視されても「おとーさんおかーさんだいすきー」って泣きながら媚びてた私で記憶が止まってるらしい。
わたしが引き取ると信じて疑わない口調で、「やっとお前と暮らせるぞ!」ってどんどん話を進めてきたけど「ハーヘーフーン」で聞き流して切った。
あの頃の両親が命綱だった私と、今のスレた40代おばはんが同じ感性のわけがないじゃない…。
こっちの住所は知られてないし、会社名も知らないはずだし、ばれてるのは携帯番号だけ。
着信拒否するか、この機会にスマホにするか、もうちょっと期待持たせてから突き放してやるか迷ってる。

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450: おさかなくわえた名無しさん 2017/09/07(木)11:51:09 ID:sHo
長いけど失礼。

この間父の誕生日に靴を買ってあげた。
どうせ毎日履くようではなく、旅行用とか外出用のものなのでおしゃれなお高めのものを。
ちょっと金額は1万超えして奮発したけれども、本人も喜んでくれたので問題ないんだけど、その話を聞いた母がいちいちと口うるさい。

「お父さんにそんな高いものを買って!そんなの高いの必要ない!金の無駄!」

……ってな感じ。
プレゼントなんて当人同士が納得していれば、いくらだって良いじゃんって思うんだけど。
それが何十万とかなら文句を言うのも分かるが、社会人同士で別に1万くらいのやり取り良いでしょ……って思ってしまいます。
やっぱり互いに良い気分で終わってる所に水を差されるのが面白くなくて、私もついつい強めの言葉で言い返してしまいます……。
ちょっと「なんでそんなこと、一々お母さんに文句を言われないといけないの?」言い返せば、「そんなつもりで言ったんじゃなかった」「なんでそういう言い方するんだ」とヒートアップする。
結果として、どうしても自分が悪者になりたくないから「違う、お母さんはお前の財布事情を心配してー」とか「お前が可哀想だと思って……」言うけど、絶対違う。
基本的に父に良いことをするのが面白くないんだと思う。

プレゼントで差別したくないから、高めのプレゼントをしたって、「ありがとう」より先に悪態しか出ないような人だから、段々プレゼントする気がなくなって「今年も花で良いかー」ってなってしまう。
確かに金額で差が出てしまうのも悪いけど、差別したいわけじゃないんだよ。
でも喜んでくれない人よりも、プレゼントをあげると「俺はこんなに良い娘に恵まれて幸せだ」って言ってくれる父を優遇してしまう。
それが面白くなくて文句、こちらも良い気がしなくて、父を優遇……の負の連鎖。

そういうところが悪いから、対応に差が出るんだよって言っても「そんなこと言ってない!」の繰り返し。
少しは自分の立場に置き換えて物事を喋らないのだろうか……。
自分の親ながら神経が分からん。

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